保育の中で役立つ季節の絵本を折々にご紹介していきます。


 まだまだ寒い日が続きますが、やがて来る春に思いをはせて一冊の絵本をご紹介します。その名も『さくら』。美しく咲き誇るさくらが表紙を彩りますが、さくらの木の一年間をていねいに描写した絵本です。

『さくら』  

長谷川摂子 文/矢間芳子 絵・構成

 1本の桜の木が語ります。
「私は木。桜の木。名前はソメイヨシノ。もうすぐ花が咲きます。待っていてください」
 春。満開に咲き誇る桜の木。蜜を吸いにスズメやヒヨドリがやってきます。にぎやかな桜のレストラン。でも、しばらくすると花びらが散り始めます。地面には花びらの雪が積もります。それでも、やがて葉が出て、そのあとには実をつけます。雨の季節はたっぷり水を飲み、緑を深くします。

 夏。茂った葉を食べに虫たちがやってきます。羽化したアブラゼミが木のつゆを飲んでいます。桜の木は再びにぎやかになります。やがて秋になると、葉は赤や黄色に変わり、そして北風が吹き出すころに葉は落ちていきます。桜の木はすっかりはだかになったかと思いきや、枝の先にはたくさんの小さな芽がついています。

「この芽のなかに 花のあかちゃんが眠っています。葉っぱのあかちゃんが眠っています。ソメイヨシノの生命が眠っています」

 そして、厳しい冬をじっと耐えて、春風が吹く頃……。

 1本のソメイヨシノの四季折々の移り変わりを、木が一人称で語りかけるように描いた絵本です。

 春になると、私たちは桜をこよなく愛します。樹下でお酒を飲んで楽しむ方もいるでしょうし、花を愛でながら静かに過ごす方もいることでしょう。でも、桜に人々が集まるのは、花が咲いている10日から2週間程度。ひとたび花びらが散ってしまうと、私たちはすっかり桜の木の存在を気に留めなくなります。つまり1年365日のうちの350日は、桜の木はあまり振り向いてもらえない存在になるといえるでしょう。

 この絵本の絵を描いた矢間芳子さんは、3年間桜の観察とスケッチを重ね、花の季節はもちろんのこと、人々に振り向いてもらえない350日間の桜の姿も丹念に描きました。そして、長谷川摂子さんが、あたかも本当に桜の木が語っているかのような、生き生きとしたやさしい言葉を紡ぎました。桜の木は季節によって姿を変えながら、しっかりと次の年に花を咲かせ実をつける準備をしています。人知れず、静かに生命の鼓動を響かせ続けている桜の姿を、温かなまなざしで謳い上げた絵本です。

 ちょっと気が早いのですが、今年は花見を楽しむ前に、ぜひこの『さくら』を読んでみてください。そして、花が散った後も、四季折々の桜の木に会いに行ってみませんか? きっと桜の木は、季節ごとの新鮮な装いで、私たちを迎えてくれることでしょう。

作者情報


長谷川摂子/文


1944年、島根県生まれ。絵本に『めっきらもっきら どおんどん』『おっきょちゃんとかっぱ』『きょだいな きょだいな』(以上、福音館書店)など。評論に『子どもたちと絵本』、童話に『人形の旅立ち』(ともに福音館書店)、「かがくのとも」には『みず』『じめん』『こいのぼり』『どろんこ』などがある。

矢間芳子/絵・構成


1945年、中国生まれ。絵本に『すみれとあり』(福音館書店)『くらしのなかのわた』(童心社)などの作品がある。「かがくのとも」の作品は、『つゆくさ』『つばき』『かき』『おおいぬのふぐり』など多数。

書誌情報


読んであげるなら:4才から
自分で読むなら:―
定価:990円(税込)
ページ数:28ページ
サイズ:26×23cm
初版年月日:2010年2月10日
シリーズ:かがくのとも絵本