はじめに


いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。

福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
その間、社会情勢の変化に伴い、子どもたちを取り巻く環境は大きく変化しました。しかし、「子ども」の本質は今も昔も変わらないでしょう。

それは、福音館書店の月刊絵本が今日でも多くの園の先生によって保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実にも表れています。

毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新作絵本」を世に出すことができたのだと実感しております。

この度、長年当社の月刊絵本を保育に取り入れてくださっている広島県廿日市市のかえで幼稚園園長、中丸元良先生から福音館書店の月刊絵本(とくに「かがくのとも」)についてのエッセイをご寄稿いただきました。

全3回でお届けの予定です。

それではどうぞ、お楽しみください。

こどものともひろば 運営係

私たちのかえで幼稚園は、1981年に開園しました。

その4年前、20代だった私は東京のある幼稚園に勤めることになりました。

幼稚園の教員免許も勤務経験も知識も何も持っていない状態でしたから、これを一生の仕事にしよう、などという殊勝な気持ちは何もない状態での就職でした。

しかし、その園での3年間は、今でも続いている子どもたちとの刺激的な出会いのスタートとも言え、私は子どもたちや先生たちから本当にたくさんのことを学びながら、これは一生をかける価値がある世界だと感じ始めていました。

たくさんの収穫があった3年間でしたが、絵本に関しては、残念ながらその園はほとんど関心がなかったようで、私も何も学ばないままでした。

そもそも私自身、幼いころ絵本に触れたことがほとんどなかったのです。

かえで幼稚園開園前の1年間は、準備のための仮事務所を園舎建設現場に設けていました。

ある日、その事務所を「こどものとも社」という名刺を携えた男性が訪ねてきました。

彼は、持参した絵本を広げながら、子どもにとって絵本体験がいかに大切か、そして福音館の月刊絵本がいかに優れているかを語りました。

はじめは、数多くやってきていた業者の一人として対応していた私ですが、そのうち、彼の話にどんどん引き込まれていきました。

前述の通り絵本についてはほとんど知識も認識もなかったので、話の内容については理解が追いつかなかったのですが、とにかくこの人は本心で語っているなと感じました。

つまりセールス研修で教えられた言葉を話しているのではなく、心からこの絵本が優れていると思い、これを伝えたいという思いを、自分の言葉で語っているのだ、と感じたのです。

そして、大の大人をこんなに本気にさせる絵本って何なのだろうと思い始めました。

その日が、福音館の月刊絵本との長いおつき合いのスタートであり、私の絵本体験の始まりとなりました。

絵本について学ぼうと、様々なセミナーなどにも参加しましたが、そこで出会った絵本作家や編集者、保育者たちも、みんな本気で絵本を作り、伝え、語っていました。

「相手が子どもだから本気でやるんだ」という絵本に関わる人たちの気概は、まだ未熟だった保育者として私にとっても、価値あるメッセージでした。

もちろん、絵本を受け取っている子どもたちの食い入るような目や、読み終わったときの表情を見ると、「この仕事を本気でやらなくては」という意が強くなっていきました。

かえで幼稚園が開園した1981年の12月。衝撃的な出会いがありました。

「かがくのとも」で『サンタクロースってほんとにいるの?』という本が届いたのです。

かがくのとも1981年12月号(通巻153号)
『サンタクロースって ほんとに いるの?』
てるおかいつこ 文/すぎうらはんも 絵 
福音館書店刊

親子の問答、そして美しい絵に引き込まれはしましたが、「これって『かがくのとも』なの?」という大きな疑問が沸き起こりました。

何しろここに登場する両親は、子どもに向かって「サンタクロースはほんとにいるよ」と断言しているのです。

さらに、この本の著者、暉峻淑子(てるおか いつこ)さんが経済学の研究者だと聞いて、私の混乱はますます深くなりました。

冷徹そうに見える経済学の先生が、科学絵本で、サンタクロースは実在すると本気で語っているのです。いったいどういうことだろう。

 この本は、私にとって長く大きな宿題となりました。私はこの本の親子の問答を一つ一つ考えてみました。

「どうして よなかにくるの?」「おれいを いわれるのが はずかしいんからだろ」……これは一体何を言いたいのだろう? 

「ひとりで まわりきれなければ てつだってくれる  なかまを よぶんじゃないの」……これはどういう意味だろう? 

そして、科学とは何なのだろう?

それから何年も、折に触れ、くり返しページをめくり、いろいろと思いを巡らせるうちに、私は、「サンタクロースは確かにいる」と思うようになってきました。

この本については、みなさまにもぜひ考えていただきたいのですが、私の結論は「サンタクロースは私自身なのだ」ということです。

つまり、この本は「あなたはサンタクロースになれますか?」という問いかけでもあるのです。

ですから、物語絵本ではなく、「かがくのとも」でなければならなかったのです。

余談ですが、開園前の仮事務所にやってきた、こどものとも社のH氏とは、その後も長い親交が続きました。

そして何とかえで幼稚園のクリスマス会では、長年サンタクロース役をやっていただきました。

薄暗くしたホールの2階から彼は姿を見せ、毎年子どもたちにメッセージを送ってくれましたが、これが本当にステキで、われわれ職員の胸にも染み入るものでした。

そんな彼の姿も、「サンタクロースは確かにいる」という結論に導いてくれたヒントの一つです。

photographs © Motoyoshi Nakamaru

(第二回へつづく)

執筆者


中丸元良(なかまるもとよし)


学校法人有朋学園 かえで幼稚園園長

安田女子大学客員教授