はじめに
いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。
福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
時代は変わり、人と人とのコミュニケーション方法が大きく変わりましたが、絵本の大切さは変わらないと思っています。
今日でも多くの園の先生によって当社の月刊絵本が保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実。
毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新しいお話」を世に出すことができたのだと実感しております。
月刊絵本が保育にどう活かされ、子どもたちはどのように絵本の世界を楽しむのか。
この連載では、月刊絵本を保育に取り込み、子どもたちの変化を日々感じながら園長として保育に関わっている松本崇史先生に、月刊絵本の魅力を紹介いただきます。
それではどうぞ、お楽しみください。
こどものともひろば 運営係
「生き物と絵本が重なり合う」
― 感じ、考え、そして共に生きる ―
昨年度の2023年9月に「コッコがいたなつ」という月刊絵本が園に届きました。
ニワトリと女の子のひと夏の想い出としての郷愁的な物語。
ノスタルジーにかられ、物懐かしさを感じずにはいられない物語。
そこには確かに人の感情、心が埋め込まれています。
ある夏の日、一羽のニワトリが庭に迷いこんできた。近所の人も誰も心当たりがない、迷子のニワトリ。わたしはそのニワトリを飼うことにした。名前は「コッコ」。思いがけず始まったコッコとの生活は、驚きと喜びでいっぱい。でもやがて、コッコを手放さなければならないときが来て……。
最後の終わり方が秀逸で、大人の独りよがりな感動体験を創作せず、作者の幼いころの実体験をもとにした、多様な感情がうずまくストーリーです。
最後にニワトリを手放し、群れの中に入ってからの、女の子とコッコとのかかわりの違いは、生き物には生き物の理屈があることを如実に伝えてくれます。
生き物と共に生活するとは、まさにこのような言いようのない感情体験を巻き起こしてくれるものです。
世の中には、動物の映画などをドラマチックに感動的に仕上げることが多いですが、この絵本は、より現実的に自分の力では及ばない、生きる厳しさも内包しています。
作者である山崎るり子さんの絵本には、常にこういった「豊かさ」が描かれています。
子どもたちに生きる感覚を呼び起こす絵本であることは間違いありません。
さて、当園にもニワトリが生きています。
子どもたちの仲間となって日常的なかかわりを持っています。
朝には園庭に出て、ニワトリも自由に歩いています。
小石や土をつまんだり、草を食べたり、野菜を狙って食べようとしたり、子どもたちの生活の一部になっています。
時には、保育者の肩にのったり、ついてきたりします。
その存在は愛らしく「ふわちゃん」という名前で子どもたちからも、大人からも、共存者として園にいてくれています。
ふわちゃんと過ごす日々があるからこそ、子どもたちは、「コッコがいたなつ」の読み方を独特にしてくれます。
・絵本の表紙を見て抱き方の真似をします。
→「この抱き方、抱っこしやすいよ」「気持ちいいね」と発見します。
・絵本の中で紙粘土の卵の横に、本物の卵を産むコッコの場面を読んでから
→ふわちゃんも築山の横の草むらに卵を産んでいるのが見つかって、「絵本と同じや~!ホンマやったんや!」と喜び合う。
・面白いのは、たまにふわちゃんを呼ぶ時に、「コッコ」とふわちゃんの名前を間違える。
・絵本のコオロギを食べているところを観て
→「ふわちゃんもゴキブリ食べるな~」と共通点を見つけ出す。なんとも可笑しみのある共通点です。
・卵がつまっているのではないかと絵本の内容を読むと
→ふわちゃんも最近産んでないなと重ねます。そして、まさにふわちゃんが卵を産まない理由も「つまってるんじゃないかな」と子どもたちと話していたところでした。実際は、ニワトリは夏の暑さに弱く卵を産まなくなります。
・手に餌をのせて、エサをあげる方法を知ると →子どもたちもやろうとするが、怖がってできません。そして保育者に「みちこさんがやって」とやらせてみます。そこで保育者が少し痛がると、それをとても楽しむひと時も産まれました。
このように当園の実体験とつながっていくのは、この絵本のリアリティーと実際の想い出が、子どもにも分かるように、そして感じられるように、巧みに描かれているからです。
大人にも郷愁的な感覚を呼び起こさせながら、子どもたちにも様々な感覚を呼び起こさせる。
まさに質の高い絵本と呼びたくなるものです。
子どもたちとの間で豊かな「読み合い」が起こっていくのです。
もちろん、それはニワトリを飼育していなければ豊かな読み合いにならないのではなく、その経験がなくとも、子どもたちは自分たちなりの「読み合い」を引き起こしてくれます。
年長のクラスなどは、実際ただ静かに聞いて、感じるということもあります。
その時間も豊かな時間といって間違いないでしょう。
言葉にはしなくとも、内側で子どもたちは様々なことを考えていることは山のようにあります。
保育者は、その時の雰囲気から、この子たちなりの読み方をしていることを感じるものです。
「コッコがいたなつ」は、当園の定番絵本になることは決定です。
そうやって、物語も伝承されていきます。
毎年の子どもたちは、また違ったそれぞれの読み方を見せてくれるでしょう。
同じ絵本でも、そのように子どもにとって意味が違う。
それこそが絵本の大きな意味の一つではないでしょうか。
執筆者
松本崇史(まつもとたかし)
社会福祉法人任天会 おおとりの森こども園 園長。
鳴門教育大学名誉教授の佐々木宏子先生に出会い、絵本・保育を学ぶ。自宅蔵書は絵本で約5000冊。
一時、徳島県で絵本屋を行い、現場の方々にお世話になる。その後、社会福祉法人任天会の日野の森こども園にて園長職につく。
現在は、おおとりの森こども園園長。今はとにかく日々、子どもと遊び、保育者と共に悩みながら保育をすることが楽しい。
言いたいことはひとつ。保育って素敵!絵本って素敵!現在、保育雑誌「げんき」にてコラム「保育ってステキ」を連載中。