はじめに


いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。

福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
時代は変わり、人と人とのコミュニケーション方法が大きく変わりましたが、絵本の大切さは変わらないと思っています。

今日でも多くの園の先生によって当社の月刊絵本が保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実。

毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新しいお話」を世に出すことができたのだと実感しております。

月刊絵本が保育にどう活かされ、子どもたちはどのように絵本の世界を楽しむのか。

この連載では、月刊絵本を保育に取り込み、子どもたちの変化を日々感じながら園長として保育に関わっている松本崇史先生に、月刊絵本の魅力を紹介いただきます。

それではどうぞ、お楽しみください。

こどものともひろば 運営係

月刊絵本 ― 手から手へ渡る ―


月刊絵本のシステムは日本独自のものです。

そのシステムそのものには様々な考え方がありますが、当園では、月刊絵本を1人1冊毎月家庭に持って帰ってもらっています。

月刊絵本とは作者と出版社が真剣に創りあげ、書店や保育業者に届けられ、採用した園の子どもたちが家庭に持ち帰り、保護者の方の手によって子どもたちに読まれます。

絵本は、このように手から手へ渡っていき、最後に子どもたちが読者になり完成します。

今はシェアの時代ですが、幼い子にとっては「自分の絵本」という感覚は絵本や物語に親しむものとして重要なものです。

幼い子が、ぬいぐるみや玩具を取り合って、大人が仲裁に入り、まったく同じ玩具を示しても納得いかないのと同じです。「自分のもの」がほしい感覚が子どもは大きいものです。

当園では、そういった子どもの感覚を大事にするために、月刊絵本の手渡し方を大事にしています。

月刊絵本の手渡し方


  1.  1冊1冊にその子の名前を入れること
  2.  渡す時は、絵本を直接子どもに手渡すこと
  3.  そのときに、誰の絵本か分かるように名前を呼びながら渡してあげること
  4.  持って帰る前に、必ず園で1回以上は呼んでから持って帰ること
  5.  絵本の内容によっては月刊絵本を複数回読むことで楽しめるようにすること

この5点を基本としています。

手から手へ渡るのが絵本の特徴であってほしいのは、子どもたちに絵本に肌感覚を持ってほしいからです。

人の声で、人の手で、人とのふれあいの中で、絵本が子どもたちのもとに渡ることを大事にしたいのです。

子どもたちにとってスキンシップが大事なことは誰も異論を挟まないと思いますが、その感覚を絵本に持ち込んだ方法です。

この方法で手渡すと、子どもたちは名前を呼ばれる順番を今か今かと待ち構えてくれます。

自分の名前はまだかまだかと待ち焦がれています。

呼ばれた時の表情は、心から嬉しそうです。

月刊絵本を抱きしめ、お迎えの保護者に「ママ、パパ、絵本だよ!」と嬉しそうに報告します。

あまり家庭で絵本を読む習慣のない子どもでも、自分の絵本ということで喜んで持って帰ります。

0歳児から月刊絵本を採用された子は、自分の絵本が自動的に1年で12冊。

12冊×6年=72冊。

72冊の物語の言葉が幼い時代に、子どもが最も愛している親から、保育者から届けられます。

教育とは数ではかれるものではありませんが、自分の絵本が72冊もある子と1冊もない子では、その子の内面にどれほどの想像性と感性と言葉と親子の時間が積み上げられることでしょう。

絵本を1冊読むのに短く見積もって5分として、72冊×5分=6時間となります。

子どもがもう一回といえば、これが容易に倍となります。

月数回の絵本の読み合いの時間が、子どもとの直接的な関わりを生むのです。

小さな小さな積み重ねが、親子の絆という大きな意味となるのです。

さて、

保育現場では、3月にすべての園で卒園式が行なわれたことでしょう。

5歳児は立派に小学校に旅立っていきます。

5歳児の3月号は72冊目の最後の月刊絵本を受け取る時です。

ある子が言いました。

「これが最後の絵本だね。」と。

他児も「本当だ!」と共感し、保育者も「そうかー!そう言われるとそうだね!」と言いました。

すると、お迎え時に保護者の方に口々に「今日のがね最後の絵本なんだよ。読んで!」と伝えています。

保護者以外の立場の人から、手渡される最後の絵本であることを子どもたちもよく分かっています。

そこには特別な感覚もあるのでしょう。持ち帰った次の日は、絵本棚に集まり「昨日読んでもらった!?」「こんな話しだったよ!」と口々に話し合い、自分たちでページをめくっています。

ブックスタートでも、ある程度の選択制がある場合もありますが、自治体によって同じ絵本が配布されます。

月刊絵本は0歳児によってはブックスタートの意味もかねていますが、それ以降はブックライフの礎になる取り組みです。

呼吸するかのように本に親しむことは、頭が良くなる、学力が良いとかではなく、その人の人生に豊かさと嬉しさをもたらしてくれると思います。

月刊絵本はその一助になる重要な取り組みではないでしょうか。

執筆者


松本崇史(まつもとたかし)


社会福祉法人任天会 おおとりの森こども園 園長。

鳴門教育大学名誉教授の佐々木宏子先生に出会い、絵本・保育を学ぶ。自宅蔵書は絵本で約5000冊。

一時、徳島県で絵本屋を行い、現場の方々にお世話になる。その後、社会福祉法人任天会の日野の森こども園にて園長職につく。

現在は、おおとりの森こども園園長。今はとにかく日々、子どもと遊び、保育者と共に悩みながら保育をすることが楽しい。

言いたいことはひとつ。保育って素敵!絵本って素敵!現在、保育雑誌「げんき」にてコラム「保育ってステキ」を連載中。