はじめに
いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。
福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
時代は変わり、人と人とのコミュニケーション方法が大きく変わりましたが、絵本の大切さは変わらないと思っています。
今日でも多くの園の先生によって当社の月刊絵本が保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実。
毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新しいお話」を世に出すことができたのだと実感しております。
月刊絵本が保育にどう活かされ、子どもたちはどのように絵本の世界を楽しむのか。
この連載では、月刊絵本を保育に取り込み、子どもたちの変化を日々感じながら園長として保育に関わっている松本崇史先生に、月刊絵本の魅力を紹介いただきます。
それではどうぞ、お楽しみください。
こどものともひろば 運営係
子どもの時間
―『ぴかぴか どんぐり』ちいさなかがくのとも2023年10月号 ―
「どんぐり」。
ここまで日本で子どもたちの遊び仲間として根付いている自然物があるでしょうか。
さらに、大人たちも、道ばたに落ちているものが、どんぐりだと「おっ!どんぐりだ!」と魅了されます。
どんぐりの魅力は一体何でしょうか。
丸みのある形、様々な大きさ、帽子(パンツ)の、たくさん落ちている量、つるつるの感触、転がせる楽しさ、飾る可愛らしさ、ポケットに入れられる、艶やかな色、など、その魅力はそれぞれの人によって違うかもしれません。
つまり、1人1人の求めていることに答えてくれるほどの魅力が、どんぐりにはあるからこそ、今日まで子どもたちにも受け継がれてきていると感じます。
秋の様相が増してくると、今年のどんぐりはどうかと、保育者はそわそわします。
たくさん落ちているかな、子どもたちが遊べる十分な量はあるかな、どの種類のどんぐりが恵みをもたらせてくれるかなと。
そんな保育者の力になるのが、どんぐりの絵本です。
どんぐりの絵本を子どもたちと読み合うことで、より親しみがわき、さらにどんぐりに触れたくなります。
そして、どんぐりの新たな魅力に気づかされていきます。
どんぐりの絵本は、今どれほどの数が出版されているのでしょうか。
科学絵本、図鑑、工作の本、擬人化した物語、物語の道具になるものなど、多様などんぐりの周辺を描いた絵本があります。
今回紹介したい月刊絵本は、どんぐりと子どもの時間が混ざり合う一瞬を描いた絵本です。
「ぴかぴかどんぐり」という題名通り、公園に来た子どもが色々などんぐりを拾う中で、ピカピカに光るどんぐりを見つけます。
そして、「ぽとっ」という音が聞こえてきます。
それが木の上から落ちてきたばかりの土もついていない、美しく綺麗などんぐりが落ちた音だということを発見します。
「ぴかぴかどんぐり、わたしのところにきてくれたんだね。」と絵本は終わります。
これだけの絵本です。
決して、どんぐりの種類を学んだり、知ったり、覚えたり、どんぐりは木の上にあるんだよと教えるための絵本ではありません。
これは、先述した、子どもが大人が魅了される、どんぐりの1つの魅力を描いた絵本です。
私自身、毎年、どんぐり拾いをします。
そこで、子どもたちは様々な遊びを繰り返します。
どんぐり拾いの最中に、「うわっ!綺麗だな!」というどんぐりを拾うことがあります。
まさに宝石のように輝き、その1つのどんぐりは特別などんぐりになります。
「この、どんぐりは、私のどんぐりだ。」と人に伝えたくなります。
子どもたちも同じです。
だからこそ、この絵本の子のように、どんぐりが落ちてくるのを待ち続ける子がいます。
そして、そのために、どんぐりの木の根元に座って待ち続けます。
その時間は、「何分になるのか」「何十分になるのか」「何時間になるのか」分かりません。
でも、子どもたちは、どんぐりが落ちてくる時まで、待ち続けます。
そうやって子どもの時間とどんぐりの時間が混ざり合っていきます。
それは時計では計ることのできない時間です。
その子固有の時間と自然物であるどんぐりの時間が、偶然か必然か交差する時間があるのです。
「何時何分にどんぐりを拾いにいきましょう。」という設定されたものでは味わえない時間です。
だからこそ、園庭にはどんぐりの木を植えてほしい。
地域にも、子どもたちが自由に入れる場所に、どんぐりを植えてほしいのです。それが保育の最低基準の1つになってほしいものです。
どんぐりだけでなく、雨粒が落ちてくるのを1粒ずつ貯める子ども、水が流れ続ける様子を見続ける子ども、風にゆれるススキを楽しむ子、その子の時間と自然が混ざり合う瞬間はどの季節にもあります。
そして、それらは乳幼児期にたっぷり感じてほしい。小学校からの知識の準備ではない、自分の感性のための時間を過ごしてほしいのです。
それは、何よりも、保育の目的である人格形成の土台を創るための時間となります。
人格形成とは、道徳や社会のことだけではなく、その人自身の感覚や表現の土台を創ることも含みます。
だからこそ、このような子ども特有の時間と自然が必要であり、それを認め、表現してくれるような絵本があることで、子どもたちはその価値に気づき、自分たちの時間を満喫することを許されるのです。
『ぴかぴか どんぐり』には、そんな価値があるように思います。
最後に、有名な言葉を紹介します。レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』の言葉です。
“知る”ことは“感じる”ことの半分も重要ではないと固く信じています。
子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。
幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。
美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。
そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。
消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。
『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン 著/上遠恵子 訳(新潮社)
執筆者
松本崇史(まつもとたかし)
社会福祉法人任天会 おおとりの森こども園 園長。
鳴門教育大学名誉教授の佐々木宏子先生に出会い、絵本・保育を学ぶ。自宅蔵書は絵本で約5000冊。
一時、徳島県で絵本屋を行い、現場の方々にお世話になる。その後、社会福祉法人任天会の日野の森こども園にて園長職につく。
現在は、おおとりの森こども園園長。今はとにかく日々、子どもと遊び、保育者と共に悩みながら保育をすることが楽しい。
言いたいことはひとつ。保育って素敵!絵本って素敵!現在、保育雑誌「げんき」にてコラム「保育ってステキ」を連載中。