はじめに


いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。

福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
時代は変わり、人と人とのコミュニケーション方法が大きく変わりましたが、絵本の大切さは変わらないと思っています。

今日でも多くの園の先生によって当社の月刊絵本が保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実。

毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新しいお話」を世に出すことができたのだと実感しております。

月刊絵本が保育にどう活かされ、子どもたちはどのように絵本の世界を楽しむのか。

この連載では、月刊絵本を保育に取り込み、子どもたちの変化を日々感じながら園長として保育に関わっている松本崇史先生に、月刊絵本の魅力を紹介いただきます。

それではどうぞ、お楽しみください。

こどものともひろば 運営係

『きのみのぼうけん』(こどものとも2022年11月号 ※800号)を読み合うということ


こどものとも2022年11月号(通巻800号)

この絵本を初めて読んだ時に「あー子どもが感じる世界そのもの」だなと感じました。

秋に存在する「きのみ」が、人物にも、動物にも、天気にも、木にも、作物にも変化し、自由奔放になっていく。

その自由さや軽やかさがこどもと同じだなと思ったのです。

子どもたちと読み合ったら、どんなことが起こるだろうとワクワクしました。

おおとりの森こども園では、月刊絵本を1人1冊購入してもらい、その月に家庭でも、園でも楽しむために、月の初めに持って帰ってもらうようにしています。

しかし、この作品だけは、子どもたちがこの絵本をどう自分のものにしていくのだろうと思ったので、いつでも子どもたちが自分の絵本を見られるよう絵本棚に並べて置いておくことにしました。

最初は、絵本の中で表現されていることを再現するかもしれないなど、いろいろな予測をたてていました。

もちろん、子どもたちを誘導することもできますし、それなりの形で再現させることも難しくはないだろうと思います。

しかし、この絵本を子どもたちと読み合うことがどういうことかは、すぐに子どもたちが教えてくれました。

それは、子どもに任せて「きのみ」と共に遊び合うことでした。そして、そのポイントは環境があることだったのです。

おおとりの森こども園の近くには大鳥大社という大きな神社があり、近隣の公園にも、どんぐり、まつぼっくり、落ち葉、枝なども多数落ちていて、子どもたちも喜んで拾い集めていますし、園庭にもオナモミ、保育室にも子どもたちが自由に手にとれる「きのみ」は山ほどあります。

そして、その木の実を、ボンド、グルーガン、絵の具、ポスカなどで加工し、自分だけの遊びに変換していきます。

どんぐりを踏み潰す子、

山のようなどんぐりからどんぐり虫を探す子、

ただただ並べ続ける子、

積み上げて東京タワーにする子、

落ちているオナモミを拾い続けて山のようにする子、

落ち葉の穴をのぞく子、

遠足で観た巨大な馬をつくる子、

くっつけてこびとの世界のようにする子、

木の枝を自分なりの武器にしたてあげる子、

など、数え始めればキリがないほどの遊びがそこに生まれます。

そうやって秋の自然と親しみながら、子どもたちは遊び続ける。

すると、自然に絵本の読み方にも変化が現れます。

例えば、自分たちの生活と遊びの中で見つけた「きのみ」を、絵本の中に発見する時があります。

すると、今までは得体の知れなかったものは現実味を帯びて、絵本の世界が自分の内側に迫ってくるのです。

また、逆もあり、絵本の世界にしかなかったはずの「きのみ」が散歩先で見つかる場合があります。

「見て!絵本と同じだよ!これだったんだ!」と子どもたちは息を弾ませながら駆けよってきます。

そして、必死で落ちているものを集め始めます。

『きのみのぼうけん』で「雨」を表現した木の実(8~9ページ)を見つけたこどもたちは、より深く絵本の世界を楽しみ、親しみ、そして絵本の中でまさにリアリティをもって遊ぶような感覚で読んでいたことが分かります。

この絵本の刊行記念の作者インタビューで、田島征三さんが、「拾っている時っていうのは、本当に夢中だから、完全に夢中だから、別の世界にいっちゃんだよね。」とおっしゃっていましたが、まさにその通りの世界が絵本の中にあふれていて、子どもたちの実際の遊びの中にもあふれているのです。

そうやって、絵本の世界と現実の世界を往還していくことで、子どもの見えない生きる力は豊かになっていくのだろうと思います。

それは図鑑や知識として身につけたものとは違う力であって、「イキイキする」「ワクワクする」「ドキドキする」というような生きる力の根源になるような、人間の原始的な好奇心や探究心を育ててくれるものなのです。

保育が小学校の準備教育という名目だけではなく、人格形成の基礎を培う時という目的があるならば、『きのみのぼうけん』のような、まさにエネルギーに満ちあふれた、子どもたちのような自由奔放な物語絵本こそ、子どもたちが求めているもののように思うのです。

大人よがりではない絵本の世界の価値は、そんな人間らしさを持つ意味としても重要なのではないでしょうか。

幼児教育の父、保育の父と呼ばれる倉橋惣三さんが、

「多くの人が読書ということを、その内容からの効果だけについて考える傾向があるが、読書という心の働きそのものの価値を相当に大きく計算しなければならぬのである。たまに、子どもの場合においてそれが大きな教育的価値を持つのである」(『育ての心(下)』より)

という言葉を残しています。

そして、保育における絵本のあり方の方向性として「子どもを教育するという手段的態度だけを持って書かれたものではない」という根源的な考えを示してくれています。

絵本を選ぶ時、私たち保育者が最も気をつけなければならない専門性とは、大人よがりに保育をすすめるための道具や時間つぶしのための道具ではなく、「こどものとも」800号の『きのみのぼうけん』のような世界を、まさに「子どもと共に」読み合い、遊び合うことではないでしょうか。

執筆者


松本崇史(まつもとたかし)


社会福祉法人任天会 おおとりの森こども園 園長。

鳴門教育大学名誉教授の佐々木宏子先生に出会い、絵本・保育を学ぶ。自宅蔵書は絵本で約5000冊。

一時、徳島県で絵本屋を行い、現場の方々にお世話になる。その後、社会福祉法人任天会の日野の森こども園にて園長職につく。

現在は、おおとりの森こども園園長。今はとにかく日々、子どもと遊び、保育者と共に悩みながら保育をすることが楽しい。

言いたいことはひとつ。保育って素敵!絵本って素敵!現在、保育雑誌「げんき」にてコラム「保育ってステキ」を連載中。