はじめに


いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。

福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
時代は変わり、人と人とのコミュニケーション方法が大きく変わりましたが、絵本の大切さは変わらないと思っています。

今日でも多くの園の先生によって当社の月刊絵本が保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実。

毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新しいお話」を世に出すことができたのだと実感しております。

月刊絵本が保育にどう活かされ、子どもたちはどのように絵本の世界を楽しむのか。

この連載では、月刊絵本を保育に取り込み、子どもたちの変化を日々感じながら園長として保育に関わっている松本崇史先生に、月刊絵本の魅力を紹介いただきます。

それではどうぞ、お楽しみください。

こどものともひろば 運営係

生活を生活で生活へ

―『みんなで なっとうづくり』かがくのとも2023年11月号 ―


私の大好きなシリーズが、また出版されました。

菊池日出夫さんの「みんなで〇〇」の絵本です。今回は納豆作りです。

さて、私がこの絵本を好きな理由はいくつかありますが、今回は保育の視点から語りたいと思います。

それには、まず倉橋惣三先生の言葉を紹介しなければなりません。 

「生活を生活で生活へ」

倉橋惣三

この言葉を残してくださったのは、保育の父でもある倉橋惣三先生です。

この言葉を呪文のように唱えていたことを、ご自身の著書などにも書かれています。

私自身は、この言葉に学生時代に出会い、感覚的なものとして、自分の今までの体験の中から、特に幼いころの田畑での遊びや季節の巡りを思い出しました。

保育とは、乳幼児教育とは、自分の原風景になるような生活から始まるのだと保育経験のない中ですが理解しました。

もちろん、それは何も無作為に生活することではありません。

子どもたちにとって、どのような生活が、教育的価値が高いかを言語化していかねばなりません。

子どもたちの、”さながらの生活”(特別なものではない、ありのままの生活)に保育者がお邪魔させてもらい、より豊かな生活で、次の生活へと、循環していく。

子どもたちの生活が社会的、文化的な豊かな環境に支えられる中で、それこそ主体的に生活を過ごしていくことが保育において、どれほど重要か分かりません。

それを今は、日々の子どもたちとの生活の中で実感しています。

この菊池日出夫さんの「みんなで〇〇」は8冊かがくのともより出版されています。

「たうえ」→「いねかり」→「くさとり」→「もちつき」→「こんにゃく」→「うどん」→「しいたけ」→「なっとう」です。

どの絵本を読んでも、その地域の子どもたち、大人たち、人の営みが感じ、理解できる絵本です。

先ほど、生活の教育的価値の言語化と言いましたが、これほど巧みに生活の価値を言語化し、表現してくれた絵本シリーズも少なく思います。

このような生活を今日常の家庭の中で送っている子が、今はどれほどいるでしょうか。

生活の消費者ではなく、生産者としての生き方です。自ら生活を創っていくことができるという自立と自律が育まれる生活です。

当園でも、これら全ての生活を保育の中で再現しようとも思いません。

今、おおとりの森では田植え、稲刈り、もちつき、しいたけ、などは毎年循環するように行なわれています。納豆作りも、以前の園では行なっていました。

絵本で表現されているような生活が、そのまま行なわれているというよりは、保育としての生活の中で子どもたちと季節の巡りを楽しみ、その中で子どもたちにも役割があり、話し合いながら、その日々を過ごしています。

子どもたちの手の届くところに環境があり、それを共に行ない、生活を創っていく。

それが何よりも子どもたちの自尊心を育むと考えています。

最近の保育業界では、プロジェクトというような言われ方がされていますが、そのような言葉で彩る必要を私自身は感じていません。

そこにどのような生活を営む環境があるのを、まずは認識するところから保育は始まります。

園によっては、地域によっては、こんな生活はあり得ない、環境がないことから、こんな絵本は必要がないと思われるかもしれません。

しかし、この絵本シリーズで着目してほしいのは、この生活を営んでいる絵本の登場人物たちの表情ややりとり、営み方です。それらを絵本を通して感じ、知ることも大切なことではないでしょうか。

幼児期の子どもたちは、自分が体験していない出来事も絵本や物語で出会った知識や登場人物たちに想いを馳せます。

「こんなことができるのか!?」「面白そうだな。」「自分もやってみたいな。」「どうやったら!?」と好奇心や探究心をもとに、少し興味を持ち、関心を寄せます。

それを本気でやってみたい子がいればチャレンジしてみても良いと思いますが、ただただ絵本の世界を楽しんだり、保育者と会話することも意味があります。

また、自分は興味が持てなくても、他児の様子を観て、会話に参加することで、興味を持つ子もいるかもしれません。

何があっても興味を持たない子もいるかもしれません。それは、それでその子の人生の選択です。

決して、すぐに成果が出ることだけが絵本の役割ではありません。

この絵本シリーズを観ていると、季節の巡りが中心に描かれていることが分かります。

『みんなで なっとうづくり』も初夏から冬までの長い期間の人と稲と大豆の営みを描いています。

「豊かさ」とは、「ポン」とボタンを押せばすぐに反応があるものだけでありません。自分ではどうしようもない自然の巡りに合わせて生活することも保育の中の「豊かさ」と捉えることが必要ではないでしょうか。

「生活を生活で生活へ」のサイクルは、短期的なものだけでなく、中長期的な循環も含むものです。

さて、皆さん、そこにバケツはありますか!?

土はありますか!? 水はありますか!?

まずは、バケツの田植えから始めてみたら、子どもたちと創っていく生活が始まるかもしれません。

ただ稲の絵本があれば良いのではなく、このような子どもと創る生活を描いた絵本があることが子どもたちの共感を呼び、内面をも豊かにするのではないでしょうか。

子どもたちにとっての日常を豊かにしていく、「生活を生活で生活へ」と満たしていく絵本シリーズです。

執筆者


松本崇史(まつもとたかし)


社会福祉法人任天会 おおとりの森こども園 園長。

鳴門教育大学名誉教授の佐々木宏子先生に出会い、絵本・保育を学ぶ。自宅蔵書は絵本で約5000冊。

一時、徳島県で絵本屋を行い、現場の方々にお世話になる。その後、社会福祉法人任天会の日野の森こども園にて園長職につく。

現在は、おおとりの森こども園園長。今はとにかく日々、子どもと遊び、保育者と共に悩みながら保育をすることが楽しい。

言いたいことはひとつ。保育って素敵!絵本って素敵!現在、保育雑誌「げんき」にてコラム「保育ってステキ」を連載中。