<堂本真実子先生の「こころが動く絵本の魅力」>
こころが動く絵本の魅力5
科学絵本と保育
今回は、科学絵本と保育について考えてみたいと思います。
科学絵本は、ものの仕組みや生態のおもしろさを伝えてくれるものですが、その内容が子どもの経験と連動することによって、より大きな意味を持っていきます。
特に自然とのかかわりは、多くの子どもたちにとって、園生活が鍵を握っていると言っても過言ではありません。
今回は、土(泥)とのかかわりと、小さな生き物とのかかわりに焦点をあてて、絵本と保育を考えていきたいと思います。
1.土(泥)とのかかわりと科学絵本
昨今では、汚れることを嫌がる子どもが少なくありません。
感覚的に苦手なのかもしれませんし、大人が嫌がっているからかもしれません。
一般的な生活において自分の身体を汚すことはほとんどありませんし、そうして生活してきた若い保育者の方々は、汚れることをよしとしない傾向にあるようです。
しかし、命を育む土から、それほど感覚的に離れてよいものかと思いますし、どんなに汚れても、洗えばきれいになるという再生の感覚を、身体を通して知ることはとても大切ではないかと、強く思っています。
そういうわけで、若草幼稚園の先生たちは積極的に汚れていますが、土との試行錯誤を楽しめるようになるまでに、半年から1年、2年とかかる子どもがいます。
2年かかったRくんのデビューは、花壇のお花を植えることでした。花壇の土はふわふわで、泥のようにべたっとくっつく感じがないからでしょうか。
彼は、土を触ってみながら、「洗えばきれいになる」と笑っていました。
2年という年月の間、先生たちは誘ったり、見守ったり、押したり、引いたり、土に親しめる子になってほしいと願いを持ち続けて、彼にかかわって行ったのですが、何より大切なのは、目の前に、土と親しむ環境があることでしょう。
一番は、友だちの遊んでいる姿ですが、絵本もまた、重要な環境の一つです。
年少組の先生が準備したお部屋の本棚には、福音館書店の『どろんこ どろんこ!』と『どろだんご』と学研の『どろだんご』がありました。
『どろんこ どろんこ!』は、くまくんの楽しそうな表情と動きを通して、泥遊びのおもしろさを伝えてくれます。
一冊目の『どろだんご』は、泥の感触と遊びのおもしろさ、そしてどろだんごの工程をドラマ性たっぷりに伝えてくれます。
そして、後者の『どろだんご』は、写真絵本で、子どもの宝物としてのどろだんごが、たくさん紹介されています。一人一人の子どもの表情に、真剣さやプライドが見えて、思わず自分も作りたくなります。
日々、泥とかかわる環境が目の前にあることと、それを切り取って可視化する絵本が連動して、子どもに泥遊びのおもしろさが動機づけられていきます。
先生の願いが込められた本棚を見て、「流石やな~。」と笑みがこぼれました。
2.生き物とのかかわりと科学絵本
私たちの生きる基盤である自然において、小さな生き物の存在は欠かせないものです。
ですが、どれほど嫌われていることか。
虫を見たらぎゃー!と叫ぶ、女子男子。
教員養成に長らくかかわっている私としては、それで教師になるつもりかと言いたい。
ですが、そんな学生たちを園のすくすくの森につれていくと、様子が違ってきます。とても、積極的にかかわろうとする姿があるのです。
むしろ、自然体験自慢や田舎者自慢が強まる気がする。
子どもにとって自然とのかかわりがとても大切だと、直観的に思っているからでしょう。立場や思いが変われば、乗り越えられる学生がほとんどです。
ちなみに若草幼稚園は、森の保育を30年以上しているので、新人の先生たちは、学生のときにぎゃー!と言っていたであろうけれども、そんなことはおくびにも出さず、むしろ、知的好奇心を子どもと共有していくことで乗り越えているようです。
それだけ、小さな生き物は魅力的でもあるということですが、子どもと小さな生き物とのかかわりにおいても、絵本は大活躍をしてくれます。
タイプとしては、次の3つに分けることができそうです。
① 物語タイプ
虫を擬人化して、物語にしたもの。
特に生態の特性に沿ったお話として、『おたまじゃくしのニョロ』や『モグラくんとセミのこくん』があります。子どもの興味を引く生態の変化が、ドラマチックに描かれているものです。
園の定番になっているのは、高家博成、仲川道子作のシリーズものです。『だんごむしのころちゃん』にはじまり、『かたつむりののんちゃん』や『てんとうむしのてんてんちゃん』の「それらしさ」がとてもわかりやすく、おもしろく表現されています。
そこでいうと『とべばった』などは、科学絵本とは言えませんが、描かれている小さな生き物に宿る命のエネルギーに、何か真実を感じます。
もともと、子どもはアニミズムの世界にいるので、このような虫たちが主役となった絵本が子どもたちの心を惹きつけるようです。
② 解説タイプ
挿絵と共に、その生態が解説されていくタイプの絵本です。
構図が工夫された、とても美しい絵のものが多く、息づく生き物の描写と共に、まるでその世界へ下りていくような独特の静けさと臨場感があります。(得田之久のシリーズなど)
また、『わたしのちいさないきものえん』のように、身近な生き物と人とのかかわりを描き、その可能性を広げてくれるものもあります。
このタイプの絵本を読むとき、体験があまりない上に、聞くことが苦手な子は、難しいと感じることがあります。
文の量には注意が必要ですし、読み方も、単なる説明口調になってしまうと聞き続けることが難しくなるでしょう。
また、受け取る側の子どもたちに、それに関連した体験がないと、生き生きとその語りを受け取ることができません。いかに、体験とリンクさせていけるかを考えることは、保育として、大切な課題です。
③ 写真絵本
絵による対象のクローズアップとは、また異なる精緻さと現実感があります。
身体の表面や、顔のかたちなど、肉眼で見えないところが見えることと、卵を産んでいるところや、えさを食べているところなど、肉眼では焦点化し辛いところが捉えられていること、そして、オタマジャクシなど、生態の変化が一目でわかるという利点があります。
生き物に親しんでいればいるほど、好む子がいるでしょう。
それでいうと、図鑑も子どもたちにとって、とても楽しいものです。
絵本の貸し出しで、いつも図鑑を借りてきて困るという保護者の方がいらっしゃいましたが、一から真面目に読む必要は全くありませんとお伝えしました。
図鑑のおもしろさは、比較分類されたものを眺めるところにあります。一緒なのに少しずつ違うところに着目できたり、さまざまな生き物に出会うことで興味の幅がぐんと広がったりします。
そこから、この通りに描いてみたい、作ってみたいと遊びの意欲が湧くこともあります。
絵本のなかでも、特に科学絵本は現実世界を切り取って、ある時にはドラマチックに、ある時には精緻に表現したものですから、そもそも現実世界での体験があるかないかが、その情報が持つ意味の深さを左右します。
絵本が先でも、体験が先でも、どちらでもよいと思いますが、保育という現場をもつ私たちは、絵本にある情報が生きて働いている世界を、子どもたちに味わってほしいと思います。
そして、畑でもコンテナでも飼育ケースでもなんでも、その体験を保証する環境を考えていくことが仕事だと思います。
土の場合と同じように、大人がぎゃー!という世界に生きている子どもたちですから、虫を触るのも絶対無理、という子は少なからずいます。
また、足で蹴ったり、つぶしたり、手荒なことをする子どもも、実は虫を怖がっています。
絵本は、そんな子どもたちにも、命の多様性や不思議さをおもしろく、ドラマチックに伝えてくれます。
小さな生き物とのかかわりは、その対象が死んだり苦しんだりすることを含んで考える必要がある分、答えがなく、葛藤だらけの営みになります。
しかし、かかわらないと命のリアルは感じられませんし、伝えられません。これは、植物でも同じことです。
その直接的なかかわりを円滑につなぎ、後押ししてくれる絵本が、科学絵本だと言えるでしょう。
写真のひろば(撮影:篠木眞)
「どぷっ」
「いもりさんのおなか」
「クモ すごい」
執筆者
堂本真実子(どうもとまみこ)
認定こども園 若草幼稚園園長。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程修了。教育学博士。日本保育学会第6代会長 小川博久氏に師事。東京学芸大学附属幼稚園教諭、日本大学、昭和女子大学等、非常勤講師を経て、現職。高知大学非常勤講師。
若草幼稚園HP内のブログ「園長先生の部屋」で日々の保育を紹介。
主な著書
『学級集団の笑いに関する民族史的研究』風間書房 2002
『子育て実践共同体としての「公園」の構造について』子ども社会研究14号 2008
『保育内容 領域「表現」日々わくわくを生きる子どもの表現』わかば社 2018
『日々わくわく』写真:篠木眞 現代書館 2018
他