はじめに
いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。
福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
その間、社会情勢の変化に伴い、子どもたちを取り巻く環境は大きく変化しました。しかし、「子ども」の本質は今も昔も変わらないでしょう。
それは、福音館書店の月刊絵本が今日でも多くの園の先生によって保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実にも表れています。
毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新作絵本」を世に出すことができたのだと実感しております。
この度、長年当社の月刊絵本を保育に取り入れてくださっている広島県廿日市市のかえで幼稚園園長、中丸元良先生から福音館書店の月刊絵本(とくに「かがくのとも」)についてのエッセイをご寄稿いただきました。
全3回のうち第2回です。
それではどうぞ、お楽しみください。
こどものともひろば 運営係
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その後も、「かがくのとも」とは、さまざまな出会いがありましたが、1985年2月号の『ゆきまくり』は運命的でした。
雪が作り出す自然の造形が、透明感のある美しい絵で、しかもダイナミックに描かれていて、すっかり惹きつけられました。
本の折り込みを見ると、作者の野坂勇作氏は何と私と同年齢。
しかも広島市在住と書いてあったのです。
隣接の市にこんな人がいたんだ、と驚きましたが、知らないのも当然。この本がデビュー作だったのです。
さらに、この本の主な取材場所が広島県の北部だということも分かり、自分の県を雪国だとは思っていなかった私にとって、二重の驚きでした。知らないことって多いものです。
こどものとも社の人にこの感動を伝えると、野坂さんとの出会いの場を設けてくれました。
彼はとても気さくで話し好きでフットワークの軽い人でした。
『ゆきまくり』の取材の話、絵を描くに当たっての工夫や技法、これから作りたい絵本のことなどを伺ううちに、すっかり意気投合し、かえで幼稚園にもしばしば出入りされるようになりました。
そんな交流が続いたある日、彼から絵本作りの取材申し込みがありました。テーマは「どろだんご」です。
たなかよしゆきさんの詩「どろだんご(はじめは「どろまんじゅう」だった)」を絵本にする企画が福音館で進んでいて、野坂さんに絵の依頼がきたのです。
その少し前に、幼稚園では「そうさくらんど」という名前の作品展を行ったのですが、いくつかのクラスでは、どろだんごも作品として飾られていました。
それを見られた野坂さんは、どろだんごの取材ならこの園しかない、と思われたそうなのです。
取材というのだから、子どもの様子を写真やビデオに撮ったり、スケッチしたりされるのかと思いきや、彼は全くそんなそぶりは見せず、園に来られると割烹着を着て(これが似合ってる)、遊んでいる子どもたちの中に入って行かれます。
もちろんどろだんご作りもされるのですが、隣接する林の中で遊んだり、絵を描いたり、絵本を読んでくださったり(これがうまい)して一日を過ごす。
そんな時間を積み重ねながら、彼は確実に絵本『どろだんご』のイメージを固めていかれたようです。
つまり彼にとって取材とは、子どもを感じ取ることだったのですね。
そうして『どろだんご』は、1989年7月の年少版として出版されましたが、その制作過程に立ち会うことができた私は、たった一冊の月刊絵本が、実に長い時間をかけ、綿密な検討や作業を重ねてできあがることに深い感動を覚えました。
幼稚園教育要領の中に「幼児期にふさわしい生活が展開されるよう」という言葉があります。
さり気なく書かれていますが、実に意味深い言葉です。
何が子どもたちにとってふさわしいのかを、われわれ保育者が求めるように、絵本作りに関わる人たちも、子どもたちにとってふさわしい絵本とは何かを追い求めておられたのです。
その他、深く関わった「かがくのとも」の例を挙げると、1984年10月号の『どんぐりだんご』。
身近なドングリが食べられるということに驚き、子どもたちからどんぐりを大募集しました。
美味しいドングリはそのままで食べたり、フライパンで炒ってみたり、クッキーのトッピングに使ったりしました。
あくの強いどんぐりは何度もあく抜きをしておだんごの形にし、子どもたちと賞味しましたが、大変な手間でした。
稲作以前の時代では、どんぐりが日本人の主食だったと考えられていますが、古代の人の知恵と手間に頭が下がる思いがしました。
その時に余ったどんぐりは園庭に植えられましたが、そのうちの数本はどんどん大きくなり、今では高さも10mを越えて、園庭で遊ぶ子どもたちにいい日陰を提供してくれています。
photographs © Motoyoshi Nakamaru
(第三回へつづく)
執筆者
中丸元良(なかまるもとよし)
学校法人有朋学園 かえで幼稚園園長
安田女子大学客員教授