はじめに
いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。
福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
時代は変わり、人と人とのコミュニケーション方法が大きく変わりましたが、絵本の大切さは変わらないと思っています。
今日でも多くの園の先生によって当社の月刊絵本が保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実。
毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新しいお話」を世に出すことができたのだと実感しております。
月刊絵本が保育にどう活かされ、子どもたちはどのように絵本の世界を楽しむのか。
この連載では、月刊絵本を保育に取り込み、子どもたちの変化を日々感じながら園長として保育に関わっている松本崇史先生に、月刊絵本の魅力を紹介いただきます。
それではどうぞ、お楽しみください。
こどものともひろば 運営係
『さんぽにいったバナナ』(こどものとも年少版2023年1月号)―ユーモアの中の笑いという心地よさ―
「こどものとも年少版」の2023年1月号『さんぽにいったバナナ』(すずきけんじ作)は、おおとりの森こども園にとっては大切な絵本になります。
実は、この絵本の作者すずきけんじさんは、当園にお越しくださっている絵本屋さんなのです!!
普段から、こどもたちに読み合いをしていただき、こどもたちを夢中にし、楽しみ、笑い、喜び、まさに絵本を通して、すべてのこどもたちと通じ合っていらっしゃいます。
絵本の読み方も、保育者が学ぶことがつまっており、その技術や心持ちも含めて学ばせていただいている方です。
そんなすずきけんじさんのデビュー作がついに出版されました。そうなると、ぜひ本人に読んでもらおうと言うことになるのは自然なことです。
あらすじは、
『ある日バナナは、ヒョウのふりをしてさんぽに出かけました。そこへヒョウ好きのおじさんがやってきて捕まえようとします。ヒョウは走って逃げますが、本当はバナナなので速く走れません。「あぶなーい!」。ヒョウは捕まってしまうのでしょうか? 果てしなく続く地平線をバックに、ヒョウとおじさんのとぼけた追走劇をお楽しみください。』
という物語です。
あらすじだけでは「バナナ?ヒョウ?おじさん?どういうこと?」となります。
中身の想像はつくのか、つかないのか。さて、この絵本がよいかどうか、答えを持っているのはこどもたちです。
まずは、年少版なので3歳児クラスに読んでもらいました。
一体、どんな反応をするだろうと楽しみな時間です。すずきさんもいつもよりも緊張した雰囲気を醸し出しています。
さて、そんな雰囲気も、題名の「さんぽにいったバナナ」と言葉が出た瞬間に消え去りました。
「え~~~!??」
と、すでに笑いがこぼれています。
「バナナおうちで食べている!」
と口々にすずきさんとも話をしています。
「ヒョウのふりをしてさんぽにでかけました。」と言うと、
「おうちのバナナはしてない」「お猿さんもびっくりする!」
と口々に言っています。
すずきさんは「そやな~!」と言いながら物語をすすめていきます。
「すると、ヒョウずきのおじさんがやってきて・・・・」と言うと、少し変わった風貌のおじさんに驚いています。物語が進み、こどもたちはさらにストーリーにひきこまれていきます。
「あぶなーい!つかまっちゃうー!!」のページをめくると、
「あ!つかまった!!!」
とこどもたちが言います。
そして、次のページ「あ、かわぬげた。おじさんはすってんころりんしてしまいました。」では大盛り上がりです。
「裸になった!!」「こけたー!!」「ぎゃー!」
という子もいます。
次には、みかんが落ちています。ヒョウはのどが乾いたので、みかんを食べます。「むしゃむしゃ・・・むしゃむしゃ・・・」。
さて、このページがこどもたちは大好きです。追いかけてきたおじさんの頭が少し見えているのです。
「おじさんだ!!」「白いの見えてる!!」「狙ってるかもしれんで!」。
次のページでは網をもったおじさんがいます。
「あー!!」「うわ!網持ってる!」「これこれこれ!!」
とおじさんに物を申しています。
みかんの皮をかぶったヒョウは「あれ?ライオン!?」となりました。こどもたちも、
「あー!!ライオン!!」
と笑い声があふれます。
そして、最後の背表紙では、バナナの皮を着たおじさんがいます。
「ぐふふ!!」
と笑う子もいます。
と、3歳児たちに大人気の絵本となりました。その後、4・5歳児の保育室でも大笑いを誘い、それは楽しい時間となりました。
作者の強さだけではありません。その後、保育者が読むと、どのクラスでもこどもたちは
「バナナの絵本読んで!」「すずきさんの絵本だ!」
と喜んでいます。
さて、この絵本の魅力はなんでしょうか。ナンセンスでもありませんし、お笑いの絵本かと言われると、ちょっと違うかもしれません。
しかし、絵本の中に入っている折込ふろく「絵本のたのしみ」の作者の言葉には「ひっくり返って笑ってほしい」と書いています。
続いて、「ついつい大人は、より長いお話、よりためになるお話を求めてしまいがちですが、この絵本のように聞いているみんなが笑って時間を共有できる、ただそれだけの絵本もいいですよ。」と書かれています。
しかし、よくあるコメディのお笑いとも違うように思います。
この絵本がこどもを笑いに誘うのがユーモアだと思うのです。
ユーモア[humor]とは機知に富んだものです。何か、ふとした瞬間に感じる面白さです。
バナナという身近なものだからこそ、その変化をその特性を思いだし、思わず笑ってしまいます。
そして、その読み合い中にはウイット【wit】のきいた姿がこどもから生まれます。その場に応じて即興で意味のあることを言えるようになります。意図的に面白い言葉を使えば、こどもは笑います。下ネタなどもそうです。
この絵本の魅力は「なんだか面白みがある」ぐらいがちょうど良い言葉です。
さて、最後に4歳児クラスのこどもたちの様子をお伝えします。
「さんぽにいったバナナ」をめくって喜んでいると、折込ふろくの作者紹介にいつものすずきさんの顔の写真があります。
「あ!すずきさんだ!!え!ちょっと待って!!どっちがすずきさん!?」
と、顔写真と絵本のおじさんを比べて笑い合っています。
まさに、これこそ、ユーモアであり、ウィットに富んだ姿です。
こどもにとって、この絵本は、良い絵本のようです。
執筆者
松本崇史(まつもとたかし)
社会福祉法人任天会 おおとりの森こども園 園長。
鳴門教育大学名誉教授の佐々木宏子先生に出会い、絵本・保育を学ぶ。自宅蔵書は絵本で約5000冊。
一時、徳島県で絵本屋を行い、現場の方々にお世話になる。その後、社会福祉法人任天会の日野の森こども園にて園長職につく。
現在は、おおとりの森こども園園長。今はとにかく日々、子どもと遊び、保育者と共に悩みながら保育をすることが楽しい。
言いたいことはひとつ。保育って素敵!絵本って素敵!現在、保育雑誌「げんき」にてコラム「保育ってステキ」を連載中。