はじめに


いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。

福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
その間、社会情勢の変化に伴い、子どもたちを取り巻く環境は大きく変化しました。しかし、「子ども」の本質は今も昔も変わらないでしょう。

それは、福音館書店の月刊絵本が今日でも多くの園の先生によって保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実にも表れています。

毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新作絵本」を世に出すことができたのだと実感しております。

この度、長年当社の月刊絵本を保育に取り入れてくださっている広島県廿日市市のかえで幼稚園園長、中丸元良先生から福音館書店の月刊絵本(とくに「かがくのとも」)についてのエッセイをご寄稿いただきました。

全3回のうち第3回です。

それではどうぞ、お楽しみください。

こどものともひろば 運営係

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障がい児の保育などについて造詣が深かった研究者、故名倉啓太郎氏が次のような言葉を残しておられます。

「保育とは子どもを愛することに始まり、科学的方法を通して愛することに終わる」。

私もよく引用させていただく言葉ですが、この中で気になるのは「科学的方法」という部分でしょう。

科学と言っても、実験をしたり統計を取ったりするようなことではないでしょうが、これがどういう意味かというヒントも、「かがくのとも」の中に見つけられます。

例えば2002年7月号の『てとてとてとて』。体の中でも最も活躍する器官の一つであり、それだけに普段意識することが少ない手に焦点を当てると、こんなにもたくさんの「おもしろい」に出会えます。

この本は、無意識にやり過ごしていることを意識化することの大切さを教えてくれます。

2010年4月号の『このあいだに なにがあった?』は実に楽しい本でした。2枚の写真のあいだにあったであろう出来事を想像してみよう、というもので、目に見えることを元に、目に見えないものを想像し、考えることの大切さとおもしろさを語っているように思います。

名倉先生の言葉に戻ると、保育を目指そうとする人たちの多くは、子どものことをかわいいと感じたり、好きだという気持ちからスタートしています。

この気持ちはとても大切で保育者人生を支え続ける原動力となるでしょう。

ただ、プロの保育者となるにはそれだけでは不十分です。

そこに「科学的方法」をどう加えていくかが問われるのです。

科学的とは、まず事実をしっかり見ること。そして事実に基づいて考えることではないでしょうか。

保育者という立場で言えば、まず子どもの姿や子どもを取り巻く環境などをしっかり観察することです。

そして彼ら彼女らの内面、つまり何をどう感じ、受け取り、どう表現しようとしているのか、ということや、何を求めているのか、何が育とうとしているのかなど、目に見えないものにしっかり心を巡らせることです。

そうすれば、保育者としての自分はどうすればいいのかが見えてくると思います。

もちろん、いつも的確な答えが見つかるわけではありませんが、その時には、なぜだろうか、と、再び事実に戻って考えてみることです。

このような、根拠を求めて「なぜ?」を発し続けるのが、まさに科学的態度だと言えるでしょう。

保育の世界は、1日や1年が同じことのくりかえしになることが多いのですが、そうすると、無意識に日々を送ってしまいがちになります。

しかし、無意識に過ごしていては何も見えません。

当たり前と思っていたことにも「なぜ?」を添えて考えてみると、新しい発見やより良い保育につながるヒントがたくさんあるはずです。

2006年4月号の『このよで いちばん はやいのは』では、想像力を海に例え、何よりも広く、何よりも早く、何よりも価値があることを力強く語ってくれました。

と同時に、「このうみは きをつけないと しぼんでしまう。みずが ひあがってしまう。」という警告も発しています。

これは、われわれ大人、特に保育者に向けたメッセージかもしれないな、と思います。

相対性理論などで知られる科学者アルバート・アインシュタインは「6歳の子どもに説明できなければ理解したとは言えない」という言葉を遺しています。

難しそうなことを分かりやすく伝えることができてこそ、物事の本質をつかんでいると言うことでしょうし、逆から見ると、6歳の子どもは本質を捉える能力を持っているとも言えます。

「子どもの目の高さに下がってものを見よう」とも保育者はよく言われるのですが、それは大人が程度を下げるという意味ではありません。

同じ人間としての喜びを共有することです。

「かがくのとも」を読むと、世の中には知らないことがたくさんあるものだ、と思います。

新たなものに出会う感動や、知っているつもりだったことに潜んでいた未知の世界に出会う驚きを子どもと共有し、ともに本質を求める「知の冒険」に出かける。

そんな喜びに導いてくれるのが「かがくのとも」です。

photographs © Motoyoshi Nakamaru

(終)

執筆者


中丸元良(なかまるもとよし)


学校法人有朋学園 かえで幼稚園園長

安田女子大学客員教授