はじめに


いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。

福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
時代は変わり、人と人とのコミュニケーション方法が大きく変わりましたが、絵本の大切さは変わらないと思っています。

今日でも多くの園の先生によって当社の月刊絵本が保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実。

毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新しいお話」を世に出すことができたのだと実感しております。

月刊絵本が保育にどう活かされ、子どもたちはどのように絵本の世界を楽しむのか。

この連載では、月刊絵本を保育に取り込み、子どもたちの変化を日々感じながら園長として保育に関わっている松本崇史先生に、月刊絵本の魅力を紹介いただきます。

それではどうぞ、お楽しみください。

こどものともひろば 運営係

「こどものとも」を生んだ松居直(まついただし)


月刊絵本「こどものとも」が2022年11月号で800号を迎えました。

「こどものとも」は、私が産まれる前からの深い歴史があり、いまなお毎月子どもたちを喜ばせてくれる月刊物語絵本です。

その「こどものとも」の生みの親、松居直(まついただし)さんが11月2日に亡くなられました。96歳だったそうです。

松居直さん

僕は、講演会を聴いたことがあるだけで直接お話をさせてもらったことはありません。それでも、絵本のことを学び、絵本を子どもに届けようと真剣に考えるならば、必ず通る方の一人です。

松居さんは、1952年の福音館書店創業に参画し、NPOのブックスタート会長・理事なども務められました。

月刊誌「母の友」を1953年に創刊したのち、1956年に月刊絵本「こどものとも」を創出されました。

児童書の常識に捉われず絵本制作をおこない、加古里子、赤羽末吉、堀内誠一、長 新太、中川李枝子など、多くの絵本作家を発掘されました。

「こどものとも」では、『おおきなかぶ』『ぐりとぐら』『だるまちゃんとてんぐちゃん』などに編集者として携わり、生みの親として多くの絵本を世に送り出しました。

数多くの著書もあり、講演活動では日本中の保育関係者や保護者に絵本の大切さを伝えられました。

最近では、自伝的な『私のことば体験』が刊行(2022年9月)されました。

『私のことば体験』を読むと、松居さんの幼少期からの流れから、いかに言葉を意識し、自分のことも振り返りながらも、多くの作者とコミュニケーションを深めながら、数多くの作品を生み出し、子どもたちを何十年も魅了してきたことがわかります。

あとがきの小風さちさん(実娘)の文章も、まさに日本語のリズムや波、流れ、美しさが際立つものです。

ぜひ、みなさん一度ご一読ください。

ここからは私の主観になりますが、自分の幼いころからを振り返りたいと思います。

自分自身の幼いころの想い出の絵本は、「こどものとも」シリーズのものが多いのです。

母が読んでくれた『しょうぼうじどうしゃじぷた』

「こどものとも」1963年10月号(91号)
『しょうぼうじどうしゃじぷた』
1966年刊行『しょうぼうじどうしゃじぷた』

これは自分自身の心の中にも深く残り、小さかった自分を勇気づけてくれるヒーローのような絵本でした。

そのときのパジャマ、壁、母の顔、声、髪などすべてが記憶に刻まれています。

『ぐりとぐら』シリーズも、自分の中の心に残り、『ぐりとぐらのかいすいよく』は泳げなかった自分の心を満たし、救ってくれた1冊です。

「こどものとも」1976年8月号(245号)
『ぐりとぐらのかいすいよく』
1977年刊行『ぐりとぐらのかいすいよく』

そして、保育者の道を目指した学生時代に子どもたちと絵本を読む機会があったとき、保育実習、保育現場、すべての時に子どもたちと「こどものとも」シリーズが存在しています。

それほど、子どもたちのそばにまさに友だちのように、存在してくれた絵本が「こどものとも」だと思うのです。

その産みの親が亡くなったことは絵本の一つの時代を失ったようにも感じます。

松居さんの時代の人々が、戦後、絵本を子どものものとして子どもたちのもとに取り返そうとした本気で真剣な想いや気概、思想、哲学のようなものに、私たちは恩恵を受けた世代です。

自分自身の子ども時代は、まさに幸せな時間を与えられました。

そして時代は進む中で、その恩恵を継承しながらも、自分たちが「できること」はなんだろうと思うのです。

そのままの形だけを継承しても、それは美しい殻だけが残ります。

大事なことは、松居さんが残してくれたものを、今の時代の地に足をつけて考え、子どもたちの事実に立脚しながら、実践していくことだと思うのです。

その中で、松居さんとは違う言葉で語ることも出てくるでしょう。形は変われど、その芯と真を引き継ぎながら、新を作り出していくのが私たちの仕事だと思うのです。

「こどものとも」は、これからも子どもたちに真剣な絵本を届け続けるでしょう。

そして、子どもたちと「こどものとも」と保育者と保護者のドラマはまだまだ生まれてくることでしょう。

「こどものとも」800号の『きのみのぼうけん』は、まさに表現として究極に近い形だと感じています。

そういった絵本作家の感性を、子どもたちは環境を通して、自分たちの中に取り入れ、さらに新たな表現へと変えていきます。

私たち、保育者の仕事は子どもたちの可能性をどこまでも信じることです。

そして、「こどものとも」は、これからも子どもの可能性を保育者にも保護者にも見せてくれることでしょう。

11月となり、すでに来年度のことを考えねばならない時です。

私たち保育者は、絵本と共に、子どもと共に歩んでいきたいと心から思います。

そう、松居さんが残してくれた「こどものとも」が、これからも常に子どもの傍らにいてくれる存在であることを願い、自らもそのように動いていきたいと思います。

執筆者


松本崇史(まつもとたかし)


社会福祉法人任天会 おおとりの森こども園 園長。

鳴門教育大学名誉教授の佐々木宏子先生に出会い、絵本・保育を学ぶ。自宅蔵書は絵本で約5000冊。

一時、徳島県で絵本屋を行い、現場の方々にお世話になる。その後、社会福祉法人任天会の日野の森こども園にて園長職につく。

現在は、おおとりの森こども園園長。今はとにかく日々、子どもと遊び、保育者と共に悩みながら保育をすることが楽しい。

言いたいことはひとつ。保育って素敵!絵本って素敵!現在、保育雑誌「げんき」にてコラム「保育ってステキ」を連載中。