はじめに


いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。

福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
時代は変わり、人と人とのコミュニケーション方法が大きく変わりましたが、絵本の大切さは変わらないと思っています。

今日でも多くの園の先生によって当社の月刊絵本が保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実。

毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新しいお話」を世に出すことができたのだと実感しております。

月刊絵本が保育にどう活かされ、子どもたちはどのように絵本の世界を楽しむのか。

この連載では、月刊絵本を保育に取り込み、子どもたちの変化を日々感じながら園長として保育に関わっている松本崇史先生に、月刊絵本の魅力を紹介いただきます。

それではどうぞ、お楽しみください。

こどものともひろば 運営係

ドットの世界 ―デザインが魅了する―


「こどものとも年中向き」2023年度7月号として『どっとこ むしずかん』という絵本が誕生しました。

「こどものとも年中向き」
2023年7月号

待望の絵本です。

11年前の2012年5月号で、このシリーズの第一弾の『どっとこ どうぶつえん』が月刊絵本として登場しました。

その時の衝撃と直感は今でも忘れません。

「子どもは絶対に好きだ」「子どもは遊び出すだろう」「どんな喜びが産まれるだろう」と胸を躍らせたのを覚えています。

「こどものとも年中向き」
2012年5月号
『どっとこどうぶつえん』
2014年刊行

そして、これは続編が出てくるぞと勝手に思い描いたのも覚えています。

『どっとこ どうぶつえん』より

「どっとここんちゅうえん」「どっとこすいぞくかん」「どっとこサバンナ」など、テーマを変えて出てくることを大いに期待しました。

なんとあの日から11年も経ったのかと、この文章を書きながら驚いています。

「どっとこ」という言葉は、画像を構成するこまかい点のことです。同じ面積であればドット数が多いほど精細に見えます。画素数と言い換えられたりもします。

現代は、そのドット数を増やしていき、精細に、高画質を目指すことで、粗い画像をなくしていきます。

しかし、この「どっとこ絵本」たちは違います。

極限まで画素数を下げ、ドット数を減らし、読者に問いかけます。

「これ何に見える?」と。

そこに子どもたちは心を奪われます。

『どっとこ どうぶつえん』をはじめて子どもたちに読んだ時に、子どもたちの柔軟さ、物の見方、捉えどころのない想像力に感心しました。

「そんな一瞬で何の動物か分かるの?」というくらい、すぐに意見が飛び出してきます。

デザインとは、なにかを分かりやすくするものというより、その表現を観る人の価値観に尋ねるものなのだと、その時思いました。そうすることで伝わるものがあるんだなと感じました。

この絵本は、2014年にボローニャ・ラガッツィ賞(リンク先:国立国会図書館国際子ども図書館HP)の優秀賞を受賞しましたが、子どもには関係ありません。

子どもたちにとって、その絵本が自分には楽しいか、興味をそそるか、よろこばせてくれるか、面白いかと、圧倒的な素直さを見せてくれます。

そして、子どもは面白いと思うとすぐに動きます。つまり、このような絵本の場合は「遊び」で返してくれることが多いです。

やはり、『どっとこどうぶつえん』でも起こりました。

ある園では折り紙で、ある園ではマグネットで、どっとこどうぶつえんを創り始めました。

うさぎ
手づくりの「どっと」
できたー、きりん
絵本から題材さがし

しかし、子どもたちは絵本の枠をはみ出し、絵本の中にいるものを真似するにとどまりません。クジラなど、絵本にないものを表現しようとします。

「どっと」を選んで
集中してなにを作っているのかな?

絵本から導き出されたのですが、まるで自分の作品のように、オリジナルのように創り続けていきます。

つまり、それが主体性です。

子どもたちが絵本を読み込んでいくとは、その主体性を生み出すほどの読書のことなのかもしれません。

この“どっとこ”の絵本たちに出会ってから、デジタルであれば容易に表現しやすいものをアナログでわざわざ表現していく「おかしみ」のある絵本を、私自身は「デジアナ絵本」と呼ぶことにしました。

紙媒体にして、表現することで、そこにコミュニケーションが豊かに生みだされるのです。

今、人と人とのコミュニケーションを豊かにするためには、意図的に便利にしないこと、意図的に手間を増やすことが有効ではないかと考えることがあります。

それは大人にとっては時間のかかるめんどくさいことです。このどっとこの絵本たちは、そのめんどくさいを創ることで、子どもと子ども、大人と子どもの関係性を活性化させてくれます。

読み合いも同じです。

時間のかかる面倒なことこそ、人との関係を豊かにする瞬間があるのです。

さて、この2023年の7月に生まれた『どっとこ むしずかん』からは、どのようなコミュニケーションがうまれ、どのような表現が産まれてくるでしょうか。

初見で自分で読んだ時に、「うわ!どうぶつえんより難しすぎる!」と感じました。

そして、次の日に子どもたちに読んでみました!

すぐに、「難しすぎる!」は間違いだと認識しました。

『どっとこ むしずかん』より

子どもたちの分かること、話すこと、楽しむこと。

これが、よくその虫だと瞬時に理解できるなと思うのです。

子どもの物事の見方は特徴を巧みにとらえます。

細部ではなく、特徴や特性をまずとらえると言うことが分かります。

つまり、子どもの見方を理解したどっとこの絵本は、子どもの味方なのです。

これからが楽しみな絵本が、また一つ産まれました。

執筆者


松本崇史(まつもとたかし)


社会福祉法人任天会 おおとりの森こども園 園長。

鳴門教育大学名誉教授の佐々木宏子先生に出会い、絵本・保育を学ぶ。自宅蔵書は絵本で約5000冊。

一時、徳島県で絵本屋を行い、現場の方々にお世話になる。その後、社会福祉法人任天会の日野の森こども園にて園長職につく。

現在は、おおとりの森こども園園長。今はとにかく日々、子どもと遊び、保育者と共に悩みながら保育をすることが楽しい。

言いたいことはひとつ。保育って素敵!絵本って素敵!現在、保育雑誌「げんき」にてコラム「保育ってステキ」を連載中。