はじめに


いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。

福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
時代は変わり、人と人とのコミュニケーション方法が大きく変わりましたが、絵本の大切さは変わらないと思っています。

今日でも多くの園の先生によって当社の月刊絵本が保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実。

毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新しいお話」を世に出すことができたのだと実感しております。

月刊絵本が保育にどう活かされ、子どもたちはどのように絵本の世界を楽しむのか。

この連載では、月刊絵本を保育に取り込み、子どもたちの変化を日々感じながら園長として保育に関わっている松本崇史先生に、月刊絵本の魅力を紹介いただきます。

それではどうぞ、お楽しみください。

こどものともひろば 運営係

かがくのとも 2022年4月号『みずだらけ』


今回は、絵本を読み合うというよりも、保育の生活の中に絵本がどう溶け込んでいるかを見ていただきたいと思います。

科学絵本や物語絵本に限らず、生活への溶け方は、絵本が先にあり実践があるか、実践が先にありそこに絵本があるかは、どちらでもよく、そこに絵本という環境があることで、生活がより豊かなになるということをお伝えししたいと思います。

「かがくのとも」の4月号だった『みずだらけ』を読み合った、数週間後の事例です。

【あらすじ】
近ごろは暑い日や運動をする時には、熱中症対策として水分補給がたびたび呼びかけられるようになりました。体に水分が足りないと、命が危険になるというのです。

でもそれはなぜでしょう? 

私たちが飲んだ水は、体のどこへ入って、何をしているのでしょう? 

私たちの体にとって水とは何かを、やさしい絵と文で伝えます。

BがAと共に走ってくる。手にはペットボトルを携えています。

昨日のお店屋さんで創ったミルクです。

A:「園長、大変だよ!」

園長:「お!どうしたましたか?」

B:「ミルクがね昨日はここまであったのに、なくなってしまったの!」

園長:「え!それは大変!なんでだろう?」

二人とも困った表情で顔を見合わせています。

園長:「もしかして、誰か飲んじゃったかな?」

A:「園長でしょ!」

園長:「いやいや私飲んでませんよ!」

と言いながらBを見ると、悩んだ顔をしています。

なんでだろう?と真剣に考えているのが分かります。

園長:「んーなんでだろうね。なんでだろう。」

と悩みながら、Bと共に保育室に入りホワイトボードをとりだし、Bの話を聞いていくことになりました。

B:「あのね、水を入れたらなくなったの。」

園長:「ふむふむ」

と言いながらホワイトボードに内容を書いていく。

さらにBがペットボトルの下部を指さしながら

B:「あのね、ここまで水を入れたの、そして泡を入れたの。そしたら水がなくなっちゃったの。」

園長:「へー、なんでだろう?」

B:「あのね、水が勝つかと思ったんだけど、泡が勝ったの。」

園長:「ほーどういうこと?」

と言ったところに、男児Cがやってくる。

C:「なにしてるの?」

保育者:「いやね、Bちゃんが面白い発見したんだよ。」

B:「あのね、ミルクがね昨日はここまであったのにね。無くなったんだよ。」

C:「え!!なんでだろう!不思議やな!」

そしていつもの機転の良さで、

C:「あ!わかった!泡が沈んだんちゃうん!? それでな、泡と水の上と下が入れ替わったんちゃうん。」

保育者:「いや、それがね、昨日ここまで水を入れて、そして泡をここからここまで入れたんだって」

C:「んー、それはおかしいな~。不思議すぎるな! 泡は水に弱いのになー。」

B:「泡が勝ったんだよ。」

C:「えー。」

と不思議そうに首をかしげる。

C:「あ!そうか、泡が水を吸い取ったんやわ。土も水を吸い取るだろ。あの感じよ。」

保育者:「なるほどなー! そういえば、なんか水の絵本あったね。」

と言い、『みずだらけ 』(福音館書店  かがくのとも2022年4月号)を取り出す。

3人で絵本を開いていくと、ひからびた人体の絵の部分にくる。

B:「あ!これだよ。昨日は、こっち(水が満ちた身体のほうを指して)で、今日がこっちになったんだよ(干からびているほう)。」

C:「そうやで、そうやで!」

Bがそのままペットボトルをシェイクすると泡がたち、

B:「ほら見て、泡だよ!」

とCと泡立てるのを楽しんでいる。

おおとりの森こども園では、各クラスの保育室のテラス前にレモン石鹸での遊びができる空間を構成しています。

そのレモン石鹸を泡立てた「あわあわ」と水を混ぜ合わせたことで、BとCの好奇心と不思議への感性を誘発したのだと思います。

幼児の知的好奇心を刺激し、自分たちで何か実験的なことを言語化することを楽しみ、自分が疑問に思ったことや深く考えたことを尋ねたり、相手の意見を聞いたりすることで、より深く物事を考えようとしている。

BもCの言葉も共に、「水が勝った」「弱い」という言葉からも、水と泡の関係性を4歳児のころからの体験をもとにして、言語化しようとしているのが分かります。

石鹸が溶けることや石鹸と水の分量の割合によって、泡のたち方や石鹸の粉が溶けて見えなくなる様子を普段の遊びの中でよーく見ていたのでしょう。

そういった子どもの観察眼の鋭さや物事の関係性を理解しようとする力は驚くものがあり、その心持ちには感動すら覚えます。

子どもの当たり前で、素朴な疑問から、科学的な真実へと近づこうとする様子、また、その言語化の力にも、「強い」「弱い」という子どもらしさを感じながら、その探究的な姿勢や思考に驚かされます。

最後にやっと絵本の話が登場します。

この子たちが読み合った後も内容を覚えており、自分の疑問、好奇心、不思議に思う心、探究心に応えてくれる形で、絵本が存在します。

この後の数日間も子どもたちは、絵本を出してきては共通の知識として、話し合いや疑問のぶつけ合いを重ねていました。

子どもが疑問や不思議を感じた時に、保育者は知識を与えるか、問うのかなど、色々考えますが、どのアプローチも、その疑問に対して大いなる驚嘆と価値を感じてもらい、保育者自身も子どもに学びながら対話的な関係を築くことが重要であると考えています。

そのための一つの環境として絵本があることで、より生活や遊びが豊かになるのが分かると思います。

些細なことですが、ふっとしたことに応えてくれるものが絵本の価値の一つだと思います。

執筆者


松本崇史(まつもとたかし)


社会福祉法人任天会 おおとりの森こども園 園長。

鳴門教育大学名誉教授の佐々木宏子先生に出会い、絵本・保育を学ぶ。自宅蔵書は絵本で約5000冊。

一時、徳島県で絵本屋を行い、現場の方々にお世話になる。その後、社会福祉法人任天会の日野の森こども園にて園長職につく。

現在は、おおとりの森こども園園長。今はとにかく日々、子どもと遊び、保育者と共に悩みながら保育をすることが楽しい。

言いたいことはひとつ。保育って素敵!絵本って素敵!現在、保育雑誌「げんき」にてコラム「保育ってステキ」を連載中。