はじめに


いつも絵本を子どもたちに届けてくださり、ありがとうございます。

福音館書店は1956年の「こどものとも」創刊以来、65年以上に渡り月刊絵本を刊行し続けて参りました。
時代は変わり、人と人とのコミュニケーション方法が大きく変わりましたが、絵本の大切さは変わらないと思っています。

今日でも多くの園の先生によって当社の月刊絵本が保育の現場で活用され、子どもたちの育ちに寄り添い、園と家庭とを結んでいるという事実。

毎号毎号を手に取り、子どもたちと一緒に楽しんでくださる多くの先生方がいらっしゃるからこそ、数千にものぼる「新しいお話」を世に出すことができたのだと実感しております。

月刊絵本が保育にどう活かされ、子どもたちはどのように絵本の世界を楽しむのか。

この連載では、月刊絵本を保育に取り込み、子どもたちの変化を日々感じながら園長として保育に関わっている松本崇史先生に、月刊絵本の魅力を紹介いただきます。

それではどうぞ、お楽しみください。

こどものともひろば 運営係

あなはほるもの ぬれるところ

―『しゃっくしゃく』年少版2023年8月号 ―


土、砂、水、泥、石。

こんなにも子どもたちを輝かす環境があるでしょうか。

どれだけ子どもたちが満足感を持って遊んでいることでしょうか。

自分自身も幼い日に、園庭の泥のプニプニを創ること、それを手のひらでそっと触り、表面張力を楽しんだことを強く記憶しています。その気持ちよさ、その心地よさ、その嬉しさは忘れようにも忘れられません。

田んぼの田植え前の泥に足が浸かった、あの冷んやりとした感触も忘れられない遊びの経験です。

さて、今回の絵本は爽快な絵本です。

園庭を「しゃっくしゃく」と掘り続ける絵本。あらすじは、こうです。

「しゃく」。ひとりの男の子がスコップでちいさな穴を掘りました。「なにしてるの?」「あな ほってるの」。

友だちが加わって、いっしょに「しゃっく しゃく しゃっく しゃく」。友だちがどんどん加わって、穴はどんどんどんどんおおきくなって・・・・。ラストは痛快な結末です!

おおとりの森こども園には、砂場が3個あります。

正方形の深い砂場、長方形の一番深い砂場、いびつな形の浅い砂場と、子どもたちはそこで色々な遊びを生み出します。

さて、日ごろから園庭や砂場の土を掘りまくる子どもたち。

『しゃっくしゃく』の絵本を読んで、どんな反応をするかと楽しみでした。

予想通り、子どもから出た言葉は「やってみたい!」でした。

「明日やる!」「僕も!」「私も!」と大賛成の3歳児。

4歳児と5歳児にも読んでみました。「やるか!」と意気込む子どもたち。

さて、子どもがやりたいならば、保育者はそのための準備をしましょう。

前日に水を園庭に浸み込ませて、次の日に子どもたちが掘りやすい様に少し土を柔らかくしておきます。

遊びですから、子どもたちがやりたいことをやりやすいように、少し園庭の環境を再構成。ショベル、スコップ、バケツ、一輪車などは総動員です。

次の日に、子どもたちは園庭を一目見ただけでやる気満々です。

まずは、「しゃく」っとひとすくい。

5歳児も来て、「しゃっくしゃく」。

4歳児も来て「しゃっくしゃく、しゃっくしゃく」。

3歳児も来て「しゃっくしゃく、しゃっくしゃく、しゃっくしゃく」。

2歳児も来て「しゃっくしゃく、しゃっくしゃく、しゃっくしゃく、しゃっくしゃく」。

1歳児も来て「しゃっくしゃく、しゃっくしゃく、しゃっくしゃく、しゃっくしゃく、しゃっくしゃく」。

0歳児も来て「キャー!キャー!」と。

保育者は必死に、「ふーふー!」と掘り続けます。

小さな穴から、中くらいに。中くらいの穴から、大きな穴に。大きな穴から、もっと巨大な穴に。

穴が掘れたら、土を運びます。どんどん大きな山になっていきます。

そこに登る子もいます。穴はそっちのけで土と戯れる子もいます。

最後は水の出番です。ここからは完全に子どもの世界です。大人は付け入る隙がありません。びちょびちょのぐっちょぐちょです。

園庭にできた大きなプールに、浸かる子、跳びこむ子、触る子、走り抜ける子、様々です。

最初は躊躇していた子もおおはしゃぎです。

これぞ、水、土、泥の持つ環境の力です。

ここまでのダイナミックな遊びは保育者が設定した運動などの遊びにはありません。

あとは、子どもたちに任せます。

穴を掘って、山を創り、その山を崩し、水を入れ、大きなケーキにし始めたのは5歳児です。枝や石や花を飾っていきます。

ぷよぷよ、ぷにゅぷにゅの泥を、「見て!気持ちいいよ!」と足の裏で触っています。

私が幼いころ感じたあの感触です。

土と砂と水の遊びは、一つの場所で色々な遊びを生み出します。この水が園庭よりひいたのは2日後のことでした。

さて、しゃっくしゃくの絵本のように、穴を掘る子どもを描いた絵本はたくさんあります。

自分とは何か「あな / 谷川俊太郎/作 和田誠/画/ 福音館書店」。

1983年刊行
月刊絵本「こどものとも」1976年11月号

自分の気持ちを探す「あな / 片山令子/文 片山健/絵 /ビリケン出版」。

子どもたちの感覚をすべて描いた説明書「あなはほるもの おっこちるとこ / ルース クラウス (著), モーリス センダック (イラスト), わたなべ しげお (翻訳) / 岩波書店」

というように、深みのある哲学的な物語が多いです。

今回は「みんな」で掘る穴の絵本です。

しかし、『しゃっくしゃく』を子どもに読んでみてください。

一人掘っていない子がいますね。読んでいたら子どもが教えてくれました。

好きなことを、やり続けるその子にも物語があります。大きな哲学がありそうです。

穴は掘るもの濡れるところですが、そうでない子もいる面白さまで描かれた名作です。

執筆者


松本崇史(まつもとたかし)


社会福祉法人任天会 おおとりの森こども園 園長。

鳴門教育大学名誉教授の佐々木宏子先生に出会い、絵本・保育を学ぶ。自宅蔵書は絵本で約5000冊。

一時、徳島県で絵本屋を行い、現場の方々にお世話になる。その後、社会福祉法人任天会の日野の森こども園にて園長職につく。

現在は、おおとりの森こども園園長。今はとにかく日々、子どもと遊び、保育者と共に悩みながら保育をすることが楽しい。

言いたいことはひとつ。保育って素敵!絵本って素敵!現在、保育雑誌「げんき」にてコラム「保育ってステキ」を連載中。